長時間労働が続いているあなたへ ~体と心を守るために、今からできる備え~

2026/07/21 掲載

時計の針はとっくに定時を回り、オフィスの外はすっかり暗くなっている時間帯。ふと周りを見渡すと、いつも同じメンバーが険しい表情でキーボードを叩いていたり、ため息をつきながらコーヒーを流し込んでいたり……。そんな光景が、皆さんの職場でも日常茶飯事になってはいないでしょうか。「今月はプロジェクトの繁忙期だから残業が増えるのは仕方がない」「特に体に異変は起きていないから、来月になれば落ち着くはず」。そうやって、心身が発している微小なサインを「気のせい」にしてやり過ごしていませんか?

責任感が強く真面目な人ほど、自分の疲労を過小評価し、組織のために限界まで頑張りすぎてしまう傾向があります。しかし、脳や血管の疲労は、私たちが自覚できない領域で、確実に、そして静かに蓄積されていくものです。実は、過労による健康被害は「自覚症状がないまま、ある日突然限界を迎える」のが一番の怖さです。

今回は、長時間労働が私たちの体と心にどんな影響を与えるのか、科学的なエビデンス(証拠)を交えながら、今日からできる対策をお伝えします。

1. 脳と心臓の悲鳴:長時間労働の「不都合な真実」

「寝不足だけど、栄養ドリンクを飲めば動ける」というのは、脳が一時的に興奮しているだけの麻痺状態かもしれません。医学的な研究では、労働時間が長くなるほど、命に関わる疾患のリスクが上がることが分かっています。

■ 脳・心臓疾患のリスクが大幅に上昇
世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)が発表した大規模な共同研究(2021年)によると、週55時間以上働く人は、週35~40時間働く人と比べて、脳卒中のリスクが35%、虚血性心疾患(心筋梗塞など)による死亡リスクが17%も高まることが明らかになりました。

■ 「月80時間」が命の境界線
医学的にも、時間外・休日労働時間が単月で100時間超。または2~6カ月平均で80時間超になると、脳や心臓の疾患リスクが高まる「過労死ライン」とされています。これを超えると、疲労の蓄積が劇的に加速し、血管や心臓に致命的なダメージを与えやすくなります。

長時間労働が続いているあなたへ

「自分はタフだから」という過信は禁物です。血管の劣化や疲労は、目に見えないところで確実に進んでいます。

2. 心のエネルギー切れ:「うつ」と長時間労働

長時間労働は、身体だけでなく「心」も蝕みます。近年の精神障害による労災認定件数の増加傾向からも、その深刻なリスクと関連性を読み取ることができます。

■ 睡眠不足がメンタルを破壊する
睡眠障害の研究において、「1日の睡眠時間が5時間未満」の状態が続くと、うつ病や不安障害の発症リスクが数倍に上がることが分かっています。長時間労働の一番の罪は、「睡眠時間を物理的に奪うこと」です。

■ 判断力の低下による悪循環
脳が疲弊すると、認知機能や判断力が低下します。その結果、「仕事の効率が落ちる → さらに残業が増える → ますます眠れない」という、抜け出せない負のスパイラル(悪循環)に陥ってしまうのです。

3. 知っておきたい「働く時間のルール」

● 法定労働時間(原則):1日8時間・週40時間まで
法定労働時間を超えて働くには、労使協定(36協定)を結ぶ必要があります。協定がないまま残業をさせるのは違法です。

● 休日のルール(原則):
会社は毎週少なくとも1日の休日(もしくは4週に4日の休日)を与える必要があります。

区分 上限時間
月の時間外労働(残業) 原則45時間以内
年間の時間外労働 原則360時間以内
臨時的な特別な事情がある場合 年間720時間以内
かつ単月100時間未満
かつ2~6カ月の平均が80時間以内
※この時間には、休日労働も含まれます。

4. 体と心からの「SOSサイン」を見逃さない

健康障害は、ある日突然起こるわけではありません。体と心は事前にサインを出しています。「疲れが取れない」という訴えやイライラ、意欲低下など、こうした変化が現れた段階で、早めに支援につなげることが重要です。

【SOSのサイン】

疲れがとれない、イライラする、意欲低下、睡眠時間の減少、食欲低下、遅刻や欠勤の増加、健康診断の数値の悪化

5. 【管理職の皆様へ】 部下を守るために「管理する」こと

企業や管理職には従業員の命を守る「安全配慮義務」があります。部下の健康を守るために、以下のことをしっかりと管理しましょう。

  • 1. 部下の労働時間を正確に把握する
  • 2. 疲労を蓄積させないよう業務量を調整する
  • 3. 健康悪化の兆候に早期に対応する

もし、部下の健康状態の悪化を把握していたのに「面談を行わない」「業務軽減をしない」「長時間労働を黙認する」といった放置をした場合、損害賠償責任が認められることがあります。部下の小さな変化に気づき、声をかけることが管理職の重要な役割です。

【事例:ある製造業の取り組み】
特定の担当者に業務が集中し、月80時間を超える残業が数カ月続いていました。「休日は寝て終わる」「血圧が上がった」「以前より怒りっぽくなった」という相談をきっかけに、産業医面接を実施しました。その後、業務の分散、ノー残業デーの導入、管理職面談を実施した結果、残業時間は半減し、睡眠時間や疲労感も大きく改善しました。

6. 体と心を守るためのセルフケア

働く皆さん自身も、自分を守るための行動を少しずつ取り入れてみましょう。

  • ● 睡眠時間の確保:
    どんなに忙しくても、睡眠時間を最優先に確保してください。
  • ● マイクロ休憩:
    仕事の合間に1~2分立ち上がり、意識的にリラックスモードへ切り替えましょう。
  • ● 勤務間インターバルの確保:
    退勤から翌日の出勤までに、一定時間の休息(理想は11時間以上)を意識して取りましょう。

長時間労働が続いているあなたへ

最後に 保健師からのメッセージ:休むことは「プロ」の仕事

仕事に責任感を持ち、熱心に取り組む姿勢は本当に素晴らしいことです。しかし、あなたの健康以上に価値のある仕事は、この世に一つもありません。「体がだるい」「朝起きるのが辛い」「大好きだった趣味を楽しめなくなった」。これらはすべて、体が出しているイエローカード(危険信号)です。「誰にも言えずに、ひとりで抱え込む」 それが一番つらい選択になってしまいます。

従業員の健康を守ることは、企業の持続的な成長にもつながります。健康経営の視点でも、「長く働くこと」ではなく「健康に働き続けられること」が何より重要です。つながりの中で支え合いながら、働き続ける道を見つけていきましょう。

【相談窓口】
長時間労働や体調、メンタルの不調に不安を感じたら、ひとりで抱え込まずにまずは相談してみましょう。

  • ● 社内の相談先:
    お勤め先の上司、産業医、産業保健スタッフ、総務や人事スタッフ等
  • ● 外部の相談先:
    働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト「こころの耳」等
※本コラムに記載されている情報は掲載日時点のものです。このため、時間の経過あるいは後発的なさまざまな事象によって、内容が予告なしに変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。